「てんかん診療のお作法」

〜 てんかん診療に関して一言 〜

ヒント５３： 　　　「正確なてんかん診断、 　　　　　　　　　　　　即発作消失ではない」

　一般の方が通常体験するのは、急性の身体疾患です。
　その多くが、ある程度の原因究明がなされていて、一元的に病態生理が考えられている疾患です。
　診断基準が確立されていて、その基準に従い、症状・所見(身体所見および検査所見)・経過等から、診断が行われます。
　正確な診断がつきますと、治療基準に従い、治療が行われることになります。
　治療は、原因治療と対症治療に分かれます。
　原因が分かってる場合には、原因治療が優先して行われます。
　原因がハッキリしない場合、あるいは原因は分かっていても、原因治療が確立されていなかったり、原因治療の効果が出てくるのに時間がかかる場合、対症治療も重要になってきます。

　てんかんの場合は、発作症状・検査所見(脳波･頭部ＣＴ･頭部ＭＲＩ等)・発作経過・合併症の経過などから、診断が行われます。
　症状・所見・経過が典型的であれば、診断基準がある程度確立されている「てんかん症候群」の診断名がついて、それに対応した治療が開始されるということになります。
　しかし、てんかんは、昔から「患者さんの数だけ種類がある」(→ヒント１)と言われるほど、多様性のある病気ですから、患者さんの多くは、てんかん症候群ではなく、「その他のてんかん」です。
　典型的なてんかん症候群に、似たところもあれば異なるところもある、「その他の部分てんかん」だったり、「その他の全般てんかん」だったりします。
　そのため、診断は、「○○てんかんの近縁疾患」とか「□□てんかんの類縁疾患」とかいう表現になります。
　てんかんであることが明確で、発作症状が、社会生活に支障を来すリスクが高い場合には、より正確な診断の絞り込みは、経過を診ながら、ということになり、診断がやや不明確なまま、治療が開始されます。

　てんかんという病気の診療が、他の疾患と比較してやっかいな点は、典型的なてんかん症候群と診断されるような症例でも、治療基準に従った治療の効果に、不確実性が高いということです。
　てんかんの場合、原因が見つかることは、少数派ですし、その内の多くが治療法がなかったり、原因治療を行っても、発作症状改善に直接つながらない場合が多いのです。
　そこで、臨床発作に対する対症治療が主体(→ヒント５)になるわけですが、その治療効果に、不確かさがあるわけです。

　「何々てんかん」という診断名が正確に付けられたとしても、即特効薬が決まる場合は少なく(全くないわけではありませんが)、抗てんかん薬の有効性を、一剤一剤、試行錯誤しながら、検討していくことになります。

　てんかんは、正確な診断が効果的な治療に直接つながる確率の低い疾患です。
　診断の試行錯誤と治療の試行錯誤は、それぞれ別個になされなければなりません。
　医療機器の進歩は、診断の精度には影響を与えますが、抗てんかん薬治療には、あまり大きな貢献はしていないようです。
　最近のように、抗てんかん薬の血中濃度測定が日常診療で行われるようになる前の時代と今とで、てんかん発作の寛解率は変化していない、という報告もあるようです。

　医療の進歩による新薬の開発は、抗てんかん薬という武器の種類を増やしてくれることになり、治療に一定の貢献はしてくれていますが、その有効性には、個別性が大きく、やはり試行錯誤をするしかありません。

　結局、てんかんの診断とてんかんの治療とは、別個に考えなければなりません。
　てんかん診断が得意な医療機関や医師が、てんかん治療も得意としているとは限らないところが、てんかん患者さんにとって、大きな問題なのです。
　長年苦労を重ね、ドクターショッピングを続け、納得のできる診断をしてくれる医師に、やっと辿り着いたとしても、また、新たに、納得のできる治療をしてくれる医師を捜す旅に出なければならない場合もあるのです。

　また、てんかん発作の寛解率は、３分の２とか、７０〜８０％とか、報告者により若干違いがありますが、少なくとも２０％の患者さんは、何をしても発作が治まらない状況にあります。(→ヒント９)
　急性身体疾患ガイドライン的発想で、発作消失のみを目標にする「治療観」では、この２０％の患者さんたちが、心の安寧を得られることはありません。
　てんかん治療には、てんかん診断の純粋に自然科学的な姿勢とは異なる、攻撃一方ではない守備的な、次善の策をも受け入れる懐の深い診療姿勢がないと、難治性の患者さんは救済されないのかもしれません。

この項終了

平成２０年１０月１４日(火)：公開

岐阜のてんかん専門クリニック、なかむらクリニック：提供